So-net無料ブログ作成
城郭めぐり ブログトップ
前の5件 | -

GW攻城録15 [城郭めぐり]

 今年の4月はなぜか休日が雨模様だったため、GWが今年最初の出陣とあいなりました。でっ、向かったのはお隣の山形。4日間で30城ほど攻めてきました。しかし山形は暑い!!!。連日 自分が想定した気温より5~6°高い夏日で特に山城では藪コギに辟易としました。おまけに山から下りるとシャツを着替え、予定外の出費が・・・・・・・・・・。がっ、わたしの好物 堀を各所で満喫でき大満足で帰還しました。

 まずは米沢市の戸塚山館。非常に小規模な城砦ですが、主郭南側斜面に残る四重横堀は必見です。また大手虎口も面白いです。

とつかやま.jpg

 次に城郭ファンの評価の高い大石田町の次年子館。こちらも非常に小規模な城砦ですが主郭背後を断ち切った四重堀切は驚愕もの。さらに主郭の南側は二重堀が、北側は畝状館堀群で切り刻まれています。これだけほぼ完璧に構築された城砦は見たことがありません。

じねんご.jpg

 そして最後は舟形町の沼沢館。舟形市街地に近い丘陵突端に築かれた小規模な山城ですが、主郭背後の二重堀切は管理人が今まで見てきた堀切のなかでも五指に入るものでは・・・・・・・・。でっ、写真では全景が入りきりません。また二重堀切に連続して東側斜面には畝状竪堀が良好な状態で残存しています。

ぬまざわ.jpg

以上の城館を含めて、今後 時間があいたらHPへアップします。

追伸 上の画像は荒いですが写真容量を小さくしたためで、HPへは良好な画像をアップします。


東磐井郡の城館 [城郭めぐり]

今月の中旬に岩手県東磐井郡(現在は一関市)の城館を見てきました。この地域は中世葛西氏の支配下にあった国人の領地が錯綜した地域で、たぶん日本でもっとも密度の濃い村落領主の城館が散在した地域と思われます。領主の多くは葛西氏の支配下にあった薄衣・大原・長坂・及川・昆野・亀掛川・岩淵氏等の庶子家で、所領が小さいため大規模な城館ではありませんが、特徴のある城館になっています。なお庶子家の所領は一定のルールに沿って宛がわれたものではなく、このため各領主の所領は相当錯綜しており、このため天正18年 葛西氏が改易になるまで葛西家中は騒乱が続き、葛西氏が没落する遠因になったと思われます。今回、いくつかの城館を見て回りましたが、いずれも規模は小さく、また要害性は薄いものの、よ~~~くできています。共通項としては城の規模に比べて堀が異常にデカイと感じました。ということでいくつかの堀のみをアップいたします。

image18010.jpg

仏坂城の堀。実は二重堀になっていて、写真の左側にもう一条堀切があります。規模は大きく 幅15m・深さ6-7mほど、中土塁は長さ60mにわたり構築されています。ちなみに仏坂城は仏坂亀掛川氏の城で、よく整備されていました。

image18011.jpg

新山城の堀。新山城は新山亀掛川氏の城で東山郷の旗頭大原千葉氏の大原城の東方500mに位置します。登り口には案内等はありませんが、八幡神社と出雲大社の背後に単調な城郭がほぼ完存しています。写真の堀は主郭背後の堀切で幅15m・深さ7-8mほど。

image18012.jpg

摺沢城の通称「馬隠し」。摺沢城は摺沢岩淵氏の城です。城内各所には表示杭が設けられていますが、内部は藪状態になっています。写真の「馬隠し」は現地説明板には大手口と記されていますが、実際は搦手口と思われます。なお「馬隠し」は主郭の北側をカバーした巨大な横堀で、主郭の東側稜線を断ち切った堀切に繋がっています。規模は幅15m・主郭側は高さ7-8mの切岸が確保されています。

さらにもう一堀、橘城の堀です。

image18013.jpg

橘城は松川千葉氏の庶流奥玉千葉氏の城館です。この城館も比較的良好に遺構が残存しています。写真の堀は主郭・二の郭間の堀で現在は農道に利用されています。


nice!(0)  トラックバック(0) 

GW攻城録 ‘11 [城郭めぐり]

 今年のGWも山形の中世城郭を巡っていました。でっ 感じたことはまだまだ知られていない巧城が多いことです。今回も驚きの連続でした。まずは~~~~~~

① 牛房野館

 尾花沢市の北東側に位置する中世城郭で、小国細川氏の庶流牛房野氏の館城です。麓との比高差は100mほど、南西麓から茨に刺されながら尾根を登り詰めると主郭にたどり着けます。城の規模は大規模というわけではありませんが、使用されているパーツ、自然地形を利用した縄張りには目を見張るものがあります。特に大手筋に想定される南西側稜線の大堀切、三重堀、搦手にみられる巨大堀切を含む三重堀は圧巻です。また主郭南側にみられる高い切岸で区画された郭群にも驚きました。ま~、山形県NO1の中世城郭というわけではありませんが、全体的によくまとまった素晴らしい城郭です。なぜこの城が『日本城郭大系』からまったく無視されているのかが不思議なくらいです。

image15400.jpg

まずは南西側稜線にみられる大堀切です。はっきり言って意表を衝かれました。規模は幅10m・深さ7-8mほど。いきなり現れたため驚くとともに、どうやって登るか真剣に悩んじゃいました。でもよく見るとトラロープが・・・・・・・

image15401.jpg

でっ、なんとかたどり着いた主郭には大きめの櫓台が築かれています。櫓台の前面には水の手と思われる水溜りがありました。櫓台の背後には幅20m・深さ10m以上の堀切がありますが・・・・・・・、これがまた写真を見てもわかりずらいものです。(牛房野館はそのうちHPで紹介する予定です)

②差首鍋館

 「さすなべ」と読みます。この城も城郭サイトではまったく紹介されていないノーマークの城です。ま~『日本城郭大系』の記述だけを見たら行く気は失せますが・・・・・・・。この城も使用されているパーツはメチャクチャ素晴らしく一級品、特に二の郭から主郭につながる導線に設けられた二重枡形と枡形をフォローするように構築された北側の高い切岸と横堀、南側の三重堀は一見の価値あり。城郭の沿革はまったく不明ですが、もともと在地勢力の要害だったものを、慶長年間 最上VS上杉の抗争時に最上氏が庄内口を防御するために改修したと推測されます。

image15405.jpg

二の郭から主郭に繋がる導線にみられる二重枡形。比高差10mの斜面を利用したもので、側面は切岸と横堀、三重竪堀で処理されています。

image15402.jpg

でっ、その三重竪堀です。写真を見る限りではそれほど大きく見えませんが、規模は幅4-5m・深さ3mほど、急峻な斜面を遮断しています。

*以上の城郭を含め、近々HPで紹介したいと思います。こう ご期待を。


北海道チャシめぐり3 [城郭めぐり]

 斜里からは知床半島に入り、ウトロから知床峠を越えて羅臼に向かいます。でっ、この間 ウトロのチャシ、知床峠では羅臼岳を見ました。

image18002.jpg ウトロのチャシ群 どちらもオホーツク海に突き出した岬に築かれています。ウトロチャシには行っていませんが、オロンコ岩チャシには登ることが可能です。

image18001.jpg 知床峠から見た羅臼岳

image18000.jpg 羅臼国後展望台(羅臼町)

image18003.jpg 北方領土館(標津町) 昨今、日本の領海である尖閣列島に中華思想に凝り固まった某覇権国家がチョッカイを出す事件が勃発し、国民のあいだでも某覇権国家の真実やあるいは日本の主権に対する意識が著しく高まったと思います。でっ、上の写真の羅臼国後展望台・北方領土館はともに某露助に不法占拠されている日本固有の領土・北方領土を紹介している啓蒙施設です。中の展示物を見ると北方四島の帰属・沿革がよくわかります。昭和20年8月8日、某露助は不可侵条約を無視して敗色の濃くなった日本に宣戦布告し、火事場泥棒のように北方四島を不法占拠して今日に至っています。昭和26年のサンフランシスコ条約で日本は北方四島を除く千島列島の権限・権利を放棄しましたが、この条約には某露助は調印せず、最近では某露助の大統領が尖閣列島問題での日本の弱腰をみて北方領土を訪れると発言している始末で、返す気などさらさらないように見えます。日本の政治家には日本の主権・国益に関してもっと貪欲になっていただきたいところですが・・・・・・、今の最小不幸政権にはそんな気概も意気込みも感じられません。

image18004.jpg カリカリウス遺跡 標津町のポー川流域にあったチャシですが、チャシ本体は藪に覆われ未確認。がっ、遺跡全体は史跡公園として整備(?)され、アイヌコタンの竪穴式住居祉が確認できるほか、竪穴式住居が復元されています。なお近くには古道遺跡・三本木遺跡がありますが・・・・・・・・、こちらも藪茫々になっています。


北海道チャシめぐり2 [城郭めぐり]

 今回はチャシめぐりがメインですが、実際はチャシ間の移動距離が相当あったため、あいだに観光地を組み込みました。でっ、美幌町のリンナイチャシから弟子屈町のチャシに向かう間に屈斜路湖へ、また弟子屈町から網走に向かう間には摩周湖を見学しました。

image13700.jpg 美幌町のリンナイチャシ  リンナイはアイヌ語で「波・川」を意味し、リンナイチャシの正式名称はリンナイ・ヌタビ・チャシ(網走川の・曲りの・チャシ)だそうです。現在、チャシコツは運動公園に改変され、南側に部分的に遺構が残存しています。

image13701.jpg  美幌峠から見た屈斜路湖。道東観光のメッカです。そういえば昔、クッシーというUMAで一時期はやった場所ではあります。 でっ、このあと 弟子屈に着いてチャシを探しましたがなかなか見つからず、やっと見つけたのですが・・・・・・・

image13702.jpg プイラクニチャシ 場所はそれほど高くない丘陵先端にありますが、とにかく藪がひどく突入断念。さらに・・・・・・・

image13703.jpg サンペコタンチャシ ここは見事に開墾・河川改修で遺構は消滅しています。

image13704.jpg 摩周湖 「霧に~ 抱かれて~ 静かに眠る~」で有名な摩周湖です。以前、来たときは雨と霧で湖を見ることができませんでしたが、今回は天候もよく絶景を鑑賞させていただきました。がっ、駐車料金はな~んと410円。ま~、公園整備とか環境美化に使われるとは思いますが、行く予定のない硫黄山の駐車料金までセットになっているため割高感は否めません。できれば分割して、両方に行く方には割引するような形がベターだと思うのですが・・・・・・・。このあとは網走で桂ヶ岡チャシを見て、小清水でアオシマナイチャシを見て斜里に向かいました。


前の5件 | - 城郭めぐり ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。